吉祥寺の半兵衛で飲んできました。
吉祥寺以外に半兵衛が存在するのか分からないので、
一概には言えないけど、
とりあえず、吉祥寺の半兵衛のエネルギッシュさ、
雰囲気は昭和60年代を思い起こさせる。
まず。
今日、入店しようと思いお店の入り口にたつと
中で、誕生日を祝う催しが行われていた。
それも店内中すべての人間が誕生日の歌を歌っていた。
多くの飲食店が、誕生日サービスをやっているけれど、
店内の人間すべてに影響するような形で、
誕生日を祝うところをまず知らない。
とまぁ、いきなり圧倒された訳なんだが、
半兵衛の雰囲気は、一言で言ってしまえば「勢い」
で片付けられてしまうような何かをもっている。
人間の中の動物的、有機物的な
熱量とか、ふれあいとか、元気とか心情的な何か。
そんな物が発散されているし充満している。
これは、店員の皆さんの雰囲気からくる部分が大きいけれど
そもそも、店内の装飾がそういった配置になっている気がする。
路地裏の居酒屋的に隣の客が近い。
席と席を区切る壁が割と低い。
壁中に昭和のポスターが張ってある。
メニューがそもそも昭和っぽい。
でも、うまい。
twitter(@mizukin414)でもいったけど、
料理もうまいがそれ以上に
雰囲気がうまい。
こぎれいなお店。それもいいけど、むしろ僕はそっちが好きな場合がほとんどだけど。
汚いけど、愚直でコミュニケーションにあふれてるお店ってのもいいよね。
文化の継承とか、固いことを言うつもりは無いけど、
多様な文化ってのは必要。
全部が全部、近代的(欧州的)になってしまうのは
つまらないでしょう。
イタリアン、フレンチ、寿司屋、定食屋、居酒屋、韓国料理、中華、アジア系。
いろんなお店が並んでいるけど、それは文化を横に切った感じ。
それぞれの食の文化に縦の流れ、つまり、時間の流れもあるだろうから
そういう意味で、お店が並ぶのも面白いと思う。
【日本料理街】
「明治」「大正」「昭和」「平成」
的にお店が並んでいたら面白いよねw
明治って何食ってたんだろ。とか、俺は昭和が好きやねんとか。
もちろん昭和も何年代で違うだろうからそこらへんも
区別して並べてみたいよね。
とりあえず。半兵衛では昭和的な何かがある。
お腹から思い切り声をだして、議論して、
口角泡を飛ばしてはなせる雰囲気がある。
みんなもぜひ行ってみてください。
僕が行ったのはここ。
大きな地図で見る
2011年6月20日月曜日
2011年1月6日木曜日
インターンという冒険
インターンをこれからしようとしている方、現在している方。
僕もインターンをしています。今回はインターンで得た経験を共有したいと思います。
クラウドの比較はいずれします。
「インターンはアルバイトと違う。」
これは、よく言われることです。
どう違うのかと問えば、本気度が違う、
期間限定なので一生懸命度が違う、より仕事にちかい。
確かに。
では、仕事とはどう違うのだろうか。
インターンをして、みんな何かを得ているのだろうか?
何かしらの経験は得ているはずです。
しかし、「経験」には違いがないが経験にもいろいろな質がある。
僕は今日の午後6時ぐらいまで、如何に社会人に近づくか、
といったスタンスで経験値を積んでいいました。
しかし、インターンの本質はそこではない。
ということに、今日社長と話して気付かされた。
カイト株式会社 後藤崇代表取締役 の一言で、衝撃がはしる。
「記憶にも記録にも残る様なことをしろ」
「インターンであって、社会人ではないんだから好きにしろ」
「爆発しろ」
さすがに、爆発は出来ませんが。。。。
しかし、危うく凝り固まった脳みそのままインターンを進める
ところだった僕の糞味噌な脳みそが電気ショックを受けて
ようやくビートを刻み始めたようです。
インターンの本質は、はっちゃけることです。
自分の器を社会に合わせるのが社会人なら
インターンでは、自分の器を、自分なりの形で
社会通念をぶち壊しながら広げまくって行くことなんだと
痛感しました。
少なくとも、うちの社長はそんな感じです。
今インターンをしている方、
これからインターンをしようとしている方
インターンは冒険です。
社会人の枠にとらわれない、無知だけれど、
やる気のみなぎっているその心と体でガンガン攻めていけ。
と、応援したい。
僕のことも応援してください。よろしく!
僕もインターンをしています。今回はインターンで得た経験を共有したいと思います。
クラウドの比較はいずれします。
「インターンはアルバイトと違う。」
これは、よく言われることです。
どう違うのかと問えば、本気度が違う、
期間限定なので一生懸命度が違う、より仕事にちかい。
確かに。
では、仕事とはどう違うのだろうか。
インターンをして、みんな何かを得ているのだろうか?
何かしらの経験は得ているはずです。
しかし、「経験」には違いがないが経験にもいろいろな質がある。
僕は今日の午後6時ぐらいまで、如何に社会人に近づくか、
といったスタンスで経験値を積んでいいました。
しかし、インターンの本質はそこではない。
ということに、今日社長と話して気付かされた。
カイト株式会社 後藤崇代表取締役 の一言で、衝撃がはしる。
「記憶にも記録にも残る様なことをしろ」
「インターンであって、社会人ではないんだから好きにしろ」
「爆発しろ」
さすがに、爆発は出来ませんが。。。。
しかし、危うく凝り固まった脳みそのままインターンを進める
ところだった僕の糞味噌な脳みそが電気ショックを受けて
ようやくビートを刻み始めたようです。
インターンの本質は、はっちゃけることです。
自分の器を社会に合わせるのが社会人なら
インターンでは、自分の器を、自分なりの形で
社会通念をぶち壊しながら広げまくって行くことなんだと
痛感しました。
少なくとも、うちの社長はそんな感じです。
今インターンをしている方、
これからインターンをしようとしている方
インターンは冒険です。
社会人の枠にとらわれない、無知だけれど、
やる気のみなぎっているその心と体でガンガン攻めていけ。
と、応援したい。
僕のことも応援してください。よろしく!
2010年12月1日水曜日
読論文におけるクラウド、EvernoteとGoodreaderの利用
今回は、論文作成におけるEvernote とGoodreaderの利用に関して書きたい。
有用性の高いものなのでみなさんも是非じっくり読んで、今後の論文作成ライフに生かしてほしい。
最近の僕のIT武装は前回のブログを参考にして頂けると良いのだが、もう一度簡単に説明すると
iPad, iPhone, pocket wi-fi, で武装しているということだ。
現在はこれらを使いこなそうと試行錯誤しているところではあるが、徐々に完成に近付いている手ごたえを感じてきたので、今日はそれをご紹介したい。
正直、自分でも驚くばかりであるが、以下を読んでいただければ
如何に、最近流行りだしたクラウドとiPadのような多機能タブレット型PCの相性がいいかがわかって頂けるだろう。
クラウドと言うのは、インターネット上にデータを保存し、どこからでも、どのデバイスでも、インターネットにつながりブラウジングできるならばその情報を取り出し読んだり、編集したりできるものだ。USBをそのままインターネット上に取り入れたものと考えて頂ければ早い。
多機能タブレット型PCとは、iPadのようなものをさし、e-インクを使用し読書だけに特化したキンドルよりもパソコンに近いものをいう。
まず、データベースの閲覧をすることから始まる。
その閲覧の質は、単純にパソコンを通した閲覧とまったく違ったものとなる。
しかも、Evernoteと Goodreaderのコンボでさらに、作業ははかどる。
初めにパソコンなりiPadでデータベースを探り、卒論に必要な文献を見つけ出す。大量で構わない。精査は後ほど時間のあるときに行えばよい。
見つけ出した文献は、pdf形式のものである可能性が大半なので、メールでデータを送ることが可能であり、それをEvernote宛てに送る。もちろん、他のクラウドでもよい。私は、本当に重要そうなものはSugarSyncを使っている。クラウドとして保存できるのが5Gまでと制約のあるSugarSyncではあるがユーザーインターフェイス(UI)ははっきり言って、Evernoteとは比較にならないほど良い。(と個人的には思っている。)UIに関しては人それぞれなので、実際に使ってみることをお勧めする。そもそもSugarSyncはEvernoteとは違うサービスを提供しているので、これに関しては後日述べたい。もちろん、EvernoteにはEvernoteの強みがあり私はEvernoteも使っている。
話を戻すが、ここで実はもっと簡単な方法もある。iPadにおいてGoodreaderを通じてブラウジングができるのだが、その際に気に入ったページをそのままGoodreaderに取り込むのだ。
スクリーンショットと言うよりは、ブックマークするといった形なので、元のサイトが消えてしまうと見れなくなってしまうのが難点だが、リンクなどはそのままに閲覧できるので、そういった強みもある。
ではなぜ、Evernote経由かと言うと、Goodreaderにはクラウド機能がないからである。Evernoteにダウンロードしておけば、いつでもどこでもその文献が読める。つまり、自宅で見つけた文献をEvernoteに送っておけばiPhone上でもiPad上でも、自宅のデスクトップ、オフィスのパソコン、インターネットカフェ、と、インターネットがある限りどこででも閲覧することが可能なのだ。
EvernoteにダウンロードしたものをiPadで読む場合はその文献を、Goodreaderにダウンロード(メール送信)して読む。Goodreaderの良いところは単なるPDFビューワ―ではなく、音楽やビデオファイルの再生・圧縮・解凍が可能であるところだ。つまりリッチコンテクストの大半に対応しているのである。
なぜわざわざGoodreaderにダウンロードするのかと言うと、Goodreaderではanotationという、pdfファイルにハイライト、下線、○枠や□枠、さらに手書きでの書きこみができるからだ。
文献を読むにあたりanotationができるかできないかは大きな違いである。これができなくては紙媒体で自由に書き込みできる状態で読んだ方が良い。
以上のように必要な文献をありったけクラウドに入れ、iPad等のviewerでGoodreaderを通じて文献を読みこむ。iPadのviewerとしての能力はパソコンを上回り、小さい画面のスマートフォンを凌駕し、紙とは比べもにならない量の情報を持ち運ぶことができる。そもそも、「持ち運ぶ」という概念がクラウド登場以降、古臭くなってしまったのだが。
以上で、大まかな説明は終えた。
iPad
Evernote
Goodreader
の三コンボで文献を処理する効率はぐっと上がる。
さらに、「インターネットがあれば」という(日本においては)最大の障壁も、pocket wi-fiを持つことにより取り除かれる。もちろんwi-fiはまだまだ、つながらないところも多いので注意は必要である。
iPad等のタブレットを持っていない方も一度クラウドの素晴らしさ、有用性を体験しておくのが吉だろう。以下のリンクからEvernoteとSugarSyncのサイトにいけるので覗いてみてほしい。
Evernote
SugarSync
ちなみに、かなり重大な事実がこの記事を書いているときに判明した。
Evernoteと似たサービスを提供するDropboxというサービスがある。
しかも、これがGoodreaderと正式にタイアップしているのである。
詳しくはこちらを参照して頂きたい。
もしかしたら、私もDropboxにするかもしれません。
ということで、いづれはEvernoteとSugarsyncとDropbox徹底比較をしたいと思います。
では。
IT武装
「最近のお前はIT武装している。」
と、父に言われた。
ITビジネスを生業にしようとしている人間であるから、IT武装をして、いかにIT市場が形成されているのかを身をもって体感するのは必要なことだろう。
というわけで、最近はますますIT武装を進めている。
今回は、私がどの様なものでIT武装しているかを紹介し、今後IT武装するかもしれない読者の参考になれば幸いである。
以下が最近私が持ち歩いているデバイス群である。
まず、iPhone 4

iPhone、ひいてはすべてのスマートフォンに言えることであるが、その利便性は過去に類を見ない。
スマートフォンを持たずしてITビジネスをしようものなら、それはITビジネスにあらず。といっては言い過ぎだが、そんな気概を私は持っている。
もうひとつ言うとすれば、店頭で実機を触った感覚だと、他のスマートフォンに比べてiPhone4が一番ぬるぬる動く。ぬるぬる感はピカ一である。それがそのまま処理速度の速さを表しているわけではないのであしからず。
そして、つい最近導入したiPadを持ち歩いている。

正直、iPad 2 の発売が3月もしくは4月に予想されている中で買ったわけだが、私は一切後悔していない。
iPadの可能性に日々気付かされ、刺激を受け続けている。
しかし、当初の予想通り、重たさが意外とネックになっている。手で持つ分には太ももに載せたり、机に置いたり、立てかけたりと対処はできるが、歩いているときに意外とその重さを感じる。これには、肩掛けカバンよりもリュックで対応したほうがいいだろう。少なくとも私はそうしている。
スーツになった時にどうなるかはまだ考えていない。iPadを持ち歩くことは確かであるが、リュックにするわけにもいかないのでおそらく肩掛けになると思われる。
ただ、電子書籍化が進んでいけば、文庫本一冊、ビジネス雑誌、新聞、手帳、といったこれらのすべてがiPadに収まるわけなので、内容量と重量を比べて考えれば、実際そこまで重たいものではないのかもしれない。単に私の体力がないだけである、という結論に至る。
そして、トランシーバー的な立ち位置でsoftbank 820pを携帯している。

これは、ファミリー契約をすることにより、家族との24時間通話無料を基本料6円という激安価格で可能にしている。しかし、最近iPhoneでskypeが利用できることが判明したので、こちらの携帯電話はいらなくなる可能性が大きい。Skypeの着信がiPhoneでポップアップするようなら真剣に検討してみたい案件である。
そして、最後にemobile pocket Wi-Fi を携帯している。

これは、自身を電波塔にしてくれる、すぐれものだ。
しかも3G回線より速度も速い。また、五台まで同時にインターネット接続ができる。
しかし、それは四時間の間だけである。ポケットWi-Fiの最大の難点はその電池容量の少なさだろう。
それを補うために、私はSoftbank Wi-Fi スポットを利用できるようにしている。
これなら、全国のマクドナルドやスターバックスなどでWi-fiを無料で利用できる。
以上の四つを常に持ち歩き、そして、1人暮らしの穴蔵に母艦としてwindows PCを置いている。
これらのデバイスはもともとが便利なものであるが、さらにアプリやクラウドなどを組み合わせることによりさらに便利なものになる。
次回からはそれらに焦点を当てて書いていきたい。
では、みなさんのIT武装の参考になれた事を願いつつ今回は締めたい。
2010年11月16日火曜日
小宇宙スマートフォン/iPhone4
先日iPhone4をついに購入しました!
いや、スマートフォンって凄いですね。
人の脳内を、よく「宇宙」に見立てますが、スマートフォン(つまり私の場合はiPhone4ですが)にも同様の事が言えるような気がします。
自分の手の中に新しい宇宙がやってきました。
といっても、過言ではないようです。
自分の手の中にインターネットという情報の激流を手に入れました。
今までの携帯で見ていたものとは何だったのか。
あれは、インターネットとは似て非なるものだと、今になって思います。
マルチタスクのおかげでそのように感じる、ということもあります。
マルチタスクとは、同時に複数のアプリケーションを稼働させることができるという意味で、例えば産経新聞を読めるアプリケーションで産経新聞を読んでいると同時に、読売新聞が読めるアプリケーションを起動して、バックグラウンドで記事をダウンロードさせることができるということです。もちろん、逆でもかまいません。
マルチタスクがなぜそんなに重要かと言うと、人間の脳に一歩近づいたことが重要なのだと思います。
人間の体は一度に多くのことをしています。呼吸をすると同時に心臓を動かし、瞬きして、焦点を合わせ、文章を考え、タイピングし、ブログを作っていきます。ブログを作る動作一つとっても同時に多数の事を行っています。それをコントロールするのが人間の脳なのです。
それに一歩近づいたのがスマートフォン。
今までの携帯電話ではサイトを閲覧しているときにメールが来たらそこで、終了です。もちろん最近の携帯の中にはメールにその場で対応できものもあるようですが、それでもマルチタスクには及ばない代物です。
スマートフォンと今までの携帯電話を比べること自体が、そもそも間違っているのかもしれません。
スマートフォンをこれから購入しようとしている方は、自問してみるといいでしょう。
「私はパソコンを持ち歩きたいか?」と
スマートフォンとはパソコンのようなものなのです。
そして、パソコンよりも柔軟な印象を受ける。
柔軟とは、使う場所を選ばないという意味で柔軟だということです。
パソコンを使う際は、大抵の場合椅子に座って机に向かいます。
この「椅子に座って机に向かって」という一連の環境設定がパソコンの柔軟性を失わせているのです。
そして、逆にスマートフォンの柔軟性が目立ってきます。
「いつでもどこでも」といったように身体的にも人間に近付いたスマートフォン。
「いつでもどこでも」それが可能だからこそ、私はスマートフォンに「宇宙」たる可能性を感じています。
今までの、携帯電話では自由度が低すぎて「宇宙」足り得なかった。
また、パソコンでは、使用環境を選ぶという不自由さで「宇宙」足り得なかった。
しかし、スマートフォンは場所を選ばず、自由度も携帯の比ではない。
スマートフォン。第3の宇宙。
良い響きです。
2010年11月10日水曜日
雑誌:情報管理
11月10日
ICU図書館、つまりオスマー図書館で「情報管理」という雑誌を発見した。
この雑誌は、図書館を記事の中心におく他の図書館雑誌とは一線を画し、図書館に端を発する情報の扱い方をいかに現代にあったものにしていくかを模索していく、挑戦的な雑誌である。
独立行政法人 科学技術振興機構 が提供している。
11月号を読んで衝撃を受けた。
なんと先進的な事を試みているのか、と。しかし、そう思うのは図書館に対して失礼というものである。
みなさんも、図書館学を一度でいいので受講してみてほしい。かれらの情報にたいするアグレッシブさには目を見張るものがある。そして、彼らのそれらの業績に対するプライドもそれを十分に立証するものである、と私は思う。
図書館のレファレンスサービスを一度使ってほしい。
「レファレンスサービスとはなにをしてくれるところなんですか?」という質問から始めてもらって構わない。
このような、質問に答えることもレファレンスサービスの立派な業務なのだ。
彼らは情報を扱っている。
利用者が、どんなものであれ情報を求める場合、それは彼らの業務の本質なのだ。
大学図書館、公立図書館、私立図書館で程度の差こそあるかもしれないが、基本的には変わらない。
大学図書館に至っては、かなり専門的な情報の居場所を質問しても、そのソースをもってきてくれる。もしくは、その情報がないことを証明してくれる。
古来から図書館は情報のハブ地であり、市民の啓蒙の拠点だった。
電子化が進む現代、図書館は時代の流れに置いていかれているのであろうか?
いや、違うのである。
逆に先進的なことをしているのが図書館である。
皆さんは、図書館=本=電子化に乗り遅れる
というイメージをお持ちかもしれないが、それは今日をもって捨ててほしい。
いままでが
図書館=情報=本
という形態だったにすぎないのであり、図書館は常に情報を中心に置いた活動を心がけているのである。かれらの、電子化に対するフロンティア精神は目を見張るものがあり、尊敬の念すら抱く。かのアマゾンでさえ、実は図書館界が発明した図書検索システムを利用しているのだから、彼らの先進性は侮ってはいけない。むしろ、学ぶべきものが大いにあるのだ。
本が電子化を恐れているというイメージがどこから来るのか。少なくとも図書館ではない。
図書館は積極的に電子化に対応しようとしている。彼らに守るべき利権はない。彼らが守りたいのは古来からの役割であり、それを成し続けてきたというプライドである。
恐れながら言わせていただくと、図書館はここ何年か、市民の啓蒙の場として第一線から退いていたかもしれない。
なぜなら、新聞やテレビがマスメディアとして成長し市民に対する情報の流れを一手に持って行ってしまったからである。本屋もそうかもしれない。
しかし、電子化、電子書籍化の時代は図書館に再び光を灯す。
それを、彼らもわかっているのだろうか。何度も述べるが彼らの電子化に対するフロンティア精神は見上げたものがある。
本の電子化に対して恐れているのはどこだろうか。
図書館ではない。本そのものでもない。
おそらく、出版社であり、テレビであり、新聞である。
本そのものにとって、電子化は情報本来の形に近付くことであり望ましいことだ。
これはそのまま、図書館にも言える。
図書館は、情報そのものを扱う事を生業にしている。図書館は利用者を情報に導くことを生業にしている。出版社やテレビや新聞は、導くのではなく情報を押し売るのである。この違いが、本の電子化、文章の電子化、情報の電子化におけるスタンスの違いを表しているのでないだろうか。
電子化により、情報全体へのアクセス可能性が一気に増大する時代がやってくる。
この時勢になって、ついに再び図書館に焦点が当たるのである。
人々は情報の大海の中で迷える子羊のように泣き声を上げるだろう。
そこで、松明を掲げ人々を求める情報へといざなうのが図書館であり、優秀な司書達なのである。
このようにいうと、古めかしいマントを着た人が導いてくれるようなイメージがわくが実際はそうではない。
最近の優秀な司書とは、電子端末を手足のごとく使いこなし、インターネットの荒波も軽々と手なずけ、webの深みへと一瞬でたどり着けるサイバー強者なのである。
雑誌、「情報管理」は図書、図書館に関わる現代の歩みが載せている月刊誌である。
レファレンスサービスセンターにいって、質問できないような方は一度購読してみたらどうだろうか。
もちろん、「情報管理」は電子書籍化されているので internet上でダウンロード購読も可能だ。
と、おもって検索したところなんと、インターネット上では無料で読めることが判明した。
(リンクはこちらhttp://johokanri.jp/)
恐るべし、です。
みなさん、是非一度図書館業界、図書業界が今どの様な方向に進んでいるのかを読んでみてはいかがでしょうか?
2010年8月22日日曜日
映画「愛のむきだし LOVE EXPOSURE」
日本にはさまざまな宗教があります。大抵の町には神社や寺が立っています。時にはお坊さんが駅で立っていることもあります。日本人は無宗教なんて言いますが「ばちがあたる」などといってちゃっかり神様を信じていたりします。
そんな曖昧な宗教感の日本だからこそなのか、さまざまな宗教が発生しては消えと、かなり不気味な様相を作り上げています。中には「洗脳」といった手段や集団スト―キングなどの手法を使っている宗教もあります。
そんな宗教集団を絡めて愛について描かれている「愛のむきだし LOVE EXPOSURE」という映画を先日観ました。
主演俳優は 西島隆弘
主演女優は 満島ひかり
助演クラスに 安藤サクラ 渡辺真起子 渡部篤郎
そして 原案・脚本・監督 園子温
映画は全部でなんと237分!
こんなに長い映画は初めてと言っても過言ではない。James Francis Cameron 監督制作、1997年公開のタイタニックですら189分ですから、237分というとかなりの長さだということがお分かり頂けると思います。
この映画のなかで語られているのは「愛」についてのなのですが、私はその中でも宗教における愛と結婚における愛の違いについて着目しました。
キリスト教では隣人を愛せという有名な節があることは有名だと思います。
しかし、同時に神父等は結婚を許されていません。神に仕えているかららしいのですが・・。
そして、結婚式も神の名のもとに行われ、永遠の愛を誓わされます。結婚を許されていない神父が神の代行を行っている結婚式で、です。
映画の中で神父である主人公の父が再婚するために神父をやめなくてはならない場面があります。そこで、先輩の神父がこういいます。「君の神父になるという決断はそんなに簡単なものだったのかね」と。
つまりこういうことです。
神父になることは人間としての(結婚の)愛を捨て去り、神に仕え、その愛を代行することである。と。
そして、一度神に仕えたものは簡単には人間の愛を追求してはならない。
宗教とは人間の愛を超越しているものである、ということです。
最近身近にこういう事がありました。
無宗教の私の友人がキリスト教徒の女性と付き合っていました。初めは特になんの問題もなく愛し合っていたのですが、ある程度期間が立つと女性の信仰のレベルが変わってきました。より強くキリスト教を信じるようになったのです。
ここまでだったら、特に問題はありませんでした。
しかし、女性は友人に日曜日のミサにきてほしいを言うようになりました。それはつまり、ただ同行してほしいといったものではなくキリスト教にならないか、ということです。
けれども、友人の中には宗教全般に関する否定的な考えがあったので、それを彼女に伝え断っていました。それがもとで喧嘩になってしまい、好きあっているのも関わらず宗教に関して折り合いがつかず別れてしまいました。
その時に友人は彼女にこう問いました。
「今回みたいなことがあったけど、君はキリスト教徒としか結婚しないのかい?」と
そして彼女はこう答えました。
「ええ、私はキリスト教の人としか結婚しないわ」と。
非常に残念なことではありますが、この友人のケースでは宗教が人間の愛を屈伏させたとしか言いようがないのではないかと思います。
人間同士の愛は信仰を超えられないのでしょうか。
超えられない限り、宗教間の対立は無くならないでしょう。
この2人に関して言えば、まだまだほかに自分に合った人がいるはずだから探せばいい。と言えるかもしれません。
しかし、宗教に関して言えば、ほかの場所を探せともいえません。
人間の愛が真実の愛に近づけば近づくほど ほかの愛の形との軋轢が増すっていうのも変な話です。
最後に「愛のむきだし」で語られた聖書の一部を引用します。
たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。 たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。 たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。 愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、 不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。 愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。 なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。 全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。 わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。 わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。 わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られるように、完全に知るであろう。 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。
最後の一文に希望をもてる気がしますが、それを言っているのも宗教であることを思うと・・・。
愛っていうのは難しいです。
しかし聖書もまた、矛盾に気づいて愛に希望を託しているのかもしれません。
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